刹那の出来事だった

彩りを顕在化する、淡白な人間です。

僕の病歴

こんにちは。

最近、僕の周りで多くの方が

自らの病について話しています。

日本ではLGBT(Qも含む)からカムアウトのムーブメントが起き

それ以降、自己開示というのは話し手だけでなく聞き手にも責任を与えられる時代となりました。

 

てな前置きはこの辺にします。笑

今回のブログは、僕の病についてです。

病気をたくさん経験して来た僕が、いったいどれだけ病気になったかを

忘れないように書き留めておきたいと思います。

 

病気自慢のように見えるかもしれませんが、実際そうかもしれませんが

気になったところがあれば、コメントしていただけると嬉しいです。

 

 

未熟児

僕はとても健康的な両親の元に生まれたわけですが、

出産予定日より4日も早く、2000g台の未熟児として生まれました。

恐らく、早く世の中を見たかったんでしょう()

僕の身体の弱さ、細さはここからスタートします。

 

難聴

生まれてから早3年が過ぎて、

普通の健康児なら「ブーブー」「ワンワン」なんて二語文をとうに喋れてる頃ですが、

いつまで経っても僕は言葉を話さなかった

言葉になってない音を発してた、という方が正しいでしょうか。

 

物覚えが圧倒的に悪い、とか言語障害ではなく

原因は、耳の中に水が溜まっていることで起こる難聴でした。

滲出性中耳炎、と呼ばれるものに近い病気です。

病院で水を抜いてもらった事で、解決しました。笑

しかし、一度なってしまったので中耳炎は小学校を卒業するまでありました。

 

小児喘息

滲出性中耳炎の後すぐに、小児喘息になりました。

気管支から「ヒューヒュー」「ゼーゼー」と鳴り、息をするだけで苦しいものです。

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家には電子レンジよりひと回り小さい機械が置かれ、何かあればすぐ吸入しなければなりませんでした。

原因はアレルギー。ホコリやダニなどがアレルゲンでした。

念のため書きますが、家が汚いわけではなく、綺麗な家でもちゃんとアレルギーでますからね笑

 

あと、僕は工業地帯の近くに家があったので、

光化学スモッグというものに気をつけなければならなくなりました。

光化学スモッグというのは、車や工場から排気される煙が日光と化学反応し起きるもので、

光化学スモッグ注意報」なるものが度々発令されれば、家に籠らなければなりません。

運動も極力控えなければならないこの病気は、遊び盛りの頃には堪えますね。

 

小児喘息によって僕は肺に傷が入ったので、

気管器系の病気になりやすくなり、生涯気をつけなければならなくなりました。

 

アレルギー性鼻炎

小児喘息と同じアレルゲンに誘発され、アレルギー性鼻炎も同時に発症しました。

アレルゲンであるホコリなどに触れると、

目が痒くなったり鼻水が止まらなくなり、風邪のように発熱します。

これは今でも僕を悩ませている病気の一つです。

掃除をした瞬間にアレルギー反応が起こり、文字通りなにもできなくなります。

 

小児慢性副鼻腔炎

小児喘息とアレルギー性鼻炎から出た合併症で、小児慢性副鼻腔炎というものがあります。

においが識別しづらかったり、鼻水や頭痛がする病気で、

特に僕は口呼吸が酷くなったので、鼻よりもウイルス排出機能が弱い喉はやられ、より病気にかかりやすくなりました。

大人になりつつある今では蓄膿症と病名を変え、共に過ごしています。

 

歯並びの悪さ

小学校のときから歯並びが悪いです。

それにより、歯周病や虫歯、知覚過敏は毎度毎度で大変です。 

 

原因不明の心臓病?

高校生の頃、急に倒れて一瞬意識不明になることが2度ありました。

急に倒れるなんてことはそうそうないもんで、

医者には「クスリやったか?」と再三聞かれたのを覚えていますw(実際やってないですwww)

 

親が不整脈を持っているので、まあそれに近いような感じですが、

診断名を貰えなかったので、これは病気ではないですね。

でも「心臓には気をつけろ」とは言われました。

どうやって気をつければええんや…笑

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脈を測る機械を身体中にペタペタ貼られそのまま通学したのは、

今となっては貴重な経験なのかなって。思います。

 

病と共存・共生するということ

僕にとっては上記の病気は当たり前のことすぎたため、

生きてることへのありがたみなどを感じたことは、正直少なかったです。

学校を何十日休もうと、生死をさまよおうと、

人は人、人それぞれだからって思っていました。

 

病気は何も特別なことじゃない。誰にでも起こりうるリスクはある。

アメリカでは、障害者のことを「Challenged」と呼ぶことが多いです。

与えられた病と共存・共生する挑戦をし続ける。

これは、与えられた者にしかできないことだと僕は思います。

 

まとめ

今回、このブログにはたくさんの病名とその経験を書きました。

これらは乗り越えたものもあれば、一生付き合っていくものもあります。

病気を受けることの有価値・無価値なんて知ったこっちゃありません。

だって勝手になるんですもん。

でも、病気と付き合う中で、必ず価値観が揺れ大きくなる。

それがとっても貴重なんだよね。というのが僕の考えです。

 

もしこの記事が病気自慢に聞こえてしまっていたら、すみません。

(というか、仕方のないことです。)

実際、病気自慢をしてるひとがいるんですよね。

まあそんなことは置いといて…

 

いつ死ぬかわからないこの身体を身にまとっている僕は、

これからの人生、自分らしく実直に生きていきたいな。と思いました。

 

それでも不健康な生活はやめられない僕より。